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血と引き換えに得られる、この世のものとも思えない悦楽は、
龍麻を虜にするに充分過ぎるほどだったが、それが文字通り精気を吸われる行為なのだと気付いたのは、
何気なく見た鏡に映る、頬のこけた自分の顔を見た時だった。
もともと余分な肉をつけていない肉体は、少し痩せただけでひどくげっそりとして見えたのだ。
慌てて体重計に──これはマリアの家にはなかったので、翌日学校で計るまで待たねばならなかった──
乗って、確かに2キロほど体重が落ちていることを知り、龍麻は愕然とした。
このままでは死ぬ──遠からず、自分は飲み尽くされたパックのコーヒー牛乳の容器みたいに
やせ衰えて死んでしまう。
龍麻は可能な限り婉曲に、行為の直後に吸うのだけは止めて欲しいと頼んだ。
その他の時ならいつでもいいから、頼むからと。
それに対してマリアは殊勝に頷き、アナタのことが大切だからと言ったものだ。
すっかり感激した龍麻は夜、前日と変わらぬ位置に牙が刺さるまで、
彼女のことを疑いもしなかったのだった。
気を失った翌日、早速龍麻は吸血鬼に猛抗議した。
吸わないって言ったじゃないですか、嘘を吐くなんてあんまりです──
「アラ、ワタシは吸わないなんて言ってないわよ」
アナタのことが大切だと言っただけで。
子供でもしないようなマリアの詭弁に、龍麻は呆れ、かつ怒った。
しかし、時すでに遅い──部屋は既に引き払ってしまったし、ここを飛び出しても住むところがない。
まさにそれを、マリアが一月も待っていたのだということまでには、
若輩で経験の浅い龍麻には思いも及ばないのだった。
怒りはしても、それを表現する術がない龍麻に、マリアは容赦しなかった。
せめて口をきかないという、これもまた子供じみた抵抗を試みる龍麻を、
いかにも女吸血鬼らしいやり方で弄んだ挙句、
前日穿たれた孔もまだ癒えない龍麻の首筋に甘美な牙を突きたて、生温かい血を啜ったのだ。
息も絶え絶えにベッドに突っ伏した龍麻は思った。
とにかく、性交の直後に吸われるのだけは回避しなければならない。
マリアが人外の存在であると聞かされた時から、死を意識したことがないわけではない龍麻だったが、
腹上死というのはあまりに情けない死に方だ。
なんとかマリアに話して解ってもらわなくてはならない──そう決心してから一週間、
試みは成功したとは言えず、龍麻は血液を失い続けていたのだった。
黒板を、感嘆するほど綺麗に拭きあげた龍麻は、ひとり頷いた。
方法がひとつある──失敗するかもしれないが、試してみる価値はあるだろう。
失敗してもリスクはほとんどないし、成功すれば健康的な毎日が戻ってくるのだから、とにかく試してみよう。
そう龍麻は思い、今度は黒板消しを綺麗にするために窓際へと向かったのだった。
その日の夜。
やはりマリアは朝の話など全く聞いておらず、帰ってくるや否や龍麻を寝室にひきずりこんだ。
マリアよりも三時間ほど早く帰宅している龍麻は、風呂沸いてますよ、
と言う間もなく首根っこを掴まれてしまう。
「ば、晩飯の用意が……ッ」
「そんなの後でいいわ」
どうも言う側と言われる側が、違うような気がしてならない──そんなことを考えている間にも、
もうトレーナーは半分脱がされている。
このままでは昨日の繰り返しで、また何百グラムか体重が落ちることになってしまう。
意を決し、龍麻は作戦を決行することにした。
屹立が膣に入っていく。
ぬらぬらとした触感と包みこむ肉の温かさに、呻きそうになるのを堪え、龍麻は抽送を始めた。
足を大きく開き、迎え入れるマリアは、
年下の男の手腕を確かめようとするかのような余裕の表情で見ている。
弾む真白な肢体を眼下に収めながら、龍麻はタイミングを慎重に計った。
「もっと強く……っ、そう、いいわ」
あられもない台詞を吐きながら、マリアが腰をくねらせる。
一旦は応じて強く突いた龍麻は、そのまま屹立を抜いてしまった。
「あ……ッン、何?」
不満を訴えるマリアを腹ばいにさせ、まだまだ物欲しそうに開いている淫口に、
今度は後ろから挿入した。
先端を添えただけで易々と屹立を呑みこんでいく女の中心を、深く奥まで差し貫く。
より大きく腰を使えるようになった利点を生かし、龍麻は緩急をつけて動きはじめた。
「どうしたのよ、一体」
「たまには体位を変えてみるのも新鮮じゃないですか?」
「それは……ッ、そう、だけれど」
訝しげに訊ねるを遮るように腰を撃ちつける。
龍麻はこんなやり方がもちろん好きではないのだが、生死に関わるのだから手段を選んではいられなかった。
初めてじっくりと眺める美しい背中に見惚れる余裕もなく、彼女を満足させるべく抽送を始める。
「ちょっと、んぁッ……あ、はッ」
とにかく、正面からの攻撃だけは回避しなければならない。
苦肉の策として思いついた後背位だったが、自分で言った通り確かにこれは新鮮だった。
ウエストを抱え、豊かな、しかし決してたるんではいないヒップに腰をぶつけると、
マリアを屈服させたような気分になる。
これが征服欲、というやつかもしれない、などと思いながら、龍麻は覆い被さるようにしてマリアを突いた。
「んッ、はッ……あっ、あァッ」
マリアも嫌ではないらしく、すぐに激しく喘ぎだしている。
豊かなブロンドを振り乱すマリアの横顔を見ていると、龍麻も興奮が一層かき立てられて、
腰が止まらなくなる。
マリアの臀部を鷲掴み、秘唇をいっぱいにくつろげて、濡れそぼる肉の細路を存分に貫いた。
「い、い……ッ、いいわッ」
一段トーンの上がったマリアの声に命ぜられるまま、肉茎を叩きつける。
飽きることなく繰りかえされる抽送は、しかし、確実に龍麻を昂ぶらせていった。
しなるマリアの背中に手を這わせ、重たげに揺れる乳房を大きく揉みしだく。
快感は既に限界に達していたが、龍麻はなお耐え、憑かれたように腰を振った。
「あッ……はッ、あぁッッ……!!」
一瞬、獣のように身を震わせ、マリアが果てる。
急激に収縮する肉路に、わずかばかりの抵抗を示してから、龍麻も堪えていたものを一気に放った。
掻き毟りたくなるような快美感が身体中を駆け巡る。
細やかに痙攣するマリアを抱き、龍麻は牡の快楽に酔いしれた。
「んッ、あァ、ぁ……」
喜悦の吐息を漏らすマリアが、起きあがる気配はない。
ベッドに押し潰された乳房は激しく上下動しており、疲労しているのだと窺わせた。
見事作戦を成功させた龍麻は、彼女の吐息が寝息に変わるまで見届けると、自分も傍らに崩れ落ちた。
こうして、龍麻の作戦は効を奏したかのように見えた。
十数分後。
幸せそうな顔で寝ている男の顔を見つめる、闇の瞳がある。
幾分沈んだ色となった蒼を、今日穿たなかったために癒えつつある首筋へと投げかけ、
苦笑寸前の表情を、マリアは誰も見る者のない闇に浮かべていた。
こんな稚拙な方法を、思いつくのはまだしも、実行するとは思わなかった。
龍麻が積極的にセックスを愉しもうとしたのは評価できるが、
これではまだ合格点を与えるわけにはいかない。
そう、職業的に採点した吸血鬼はしばし考えこんだ。
この若いくせに性を謳歌せず、少し血を吸われたくらいで死ぬだの言い出す男に、
自分との関係は決して対等などではないことを少し教えてやる必要があるかもしれない。
一糸まとわぬ裸身を闇に浮かべ、マリアは思考を巡らせた。
方法がひとつある──失敗する可能性はほとんどない、極めて効果的な作戦が。
薄闇にほくそ笑んだマリアは、背中を剥き出しのまま眠っている龍麻にシーツをかけてやると、
今日の吸血は諦めて自分も再び、今度は本当に眠りについたのだった。
翌日の早朝──学校。
久々に目覚めの良い朝を迎えた龍麻は、機嫌も良く黒板を拭き、
高校生らしく授業を真面目に受けられる喜びをじっくりと噛み締めていた。
そこに珍しく遅刻をしなかった京一がやって来る。
「おう、今日帰りラーメン行こうぜ、ラーメン」
まだ昼飯すら食べていないのにもう間食の話を持ち出す京一に、
龍麻は彼が忘れている予定を教えてやった。
「だめだろ、今日は面談がある」
「ちッ……そういやそうだったな。ッたくかったりぃな、進路面談なんてよ」
友人のぼやきを、龍麻はほとんど聞き流していた。
まじめに応対したところで絡まれるだけなのが判っていたので、
簡単に頷くだけにして、京一がこれで話題を打ちきってくれないかと期待する。
しかしかったりぃ、と言う割に京一は面談にこだわっているようだった。
「そういやお前最後だってな。なんかやったのか?」
面談は普通名簿順に行われる。
特に予定があったりすれば変更はできるものの、龍麻は何も申し出ていないのに最後に回されていた。
龍麻とマリアの関係を知らない京一は、龍麻の素行が悪くて長引くと思ったのだろう。
「いや」
短く答えつつ龍麻は、マリアが何かを企てているのだろうと察知していた。
昨日、あまりにおとなしかったので、何かあるだろうとは思っていたのだ。
しかし、いくらマリアが唖然とするほど大胆と言えども、まさか学校で仕掛けてはこないだろう。
おそらく地味な嫌がらせをする程度で、勝負は夜──そう読んだ龍麻は、抱いていた緊張を緩め、
緩めたついでに大きなあくびをしたのだった。
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